男性脱毛

男性脱毛は広がっているのに、なぜ“本音では語れない”のか?

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こんな方におすすめ

  • 男性脱毛に興味はあるが、踏み切れずにいる人
  • すでに脱毛しているが、周囲に話していない人
  • 脱毛・美容業界で、男性向け発信の難しさを感じている人

男性脱毛は、気づけばかなり身近な存在になりました。
ヒゲ脱毛はもちろん、腕や脚、VIOまで含めて、実際に体験している男性は確実に増えています。テレビCMや交通広告、SNS広告を見れば、男性向け脱毛はすでに一つの市場として成立しており、特別視される段階はとっくに過ぎています。

にもかかわらず、男性本人の言葉はほとんど聞こえてきません。
「やっている人がいない」わけではない。「増えていない」わけでもない。
それなのに、職場や友人関係、家族との会話の中で、男性が自分の脱毛について自然に語る場面は極端に少ないのが現実です。

否定されている空気が強いわけではありません。
しかし、肯定されているとも言い切れない。
この“どちらでもない空気”こそが、男性脱毛を沈黙させている最大の要因です。

この記事では、「男性脱毛は広がっているのに語られない」という現象を、個人の勇気や性格の問題として片づけるのではなく、社会的な価値観や男性同士の関係性、空気の構造として整理していきます。


男性脱毛は“もう特別ではない”ところまで来ている

まず前提として、男性脱毛はすでに一部の限られた人だけのものではありません。
特にヒゲ脱毛は、清潔感の維持や肌トラブル対策として、かなり一般的な選択肢になっています。毎日のシェービングによる肌荒れ、出血、青ヒゲの目立ちやすさといった悩みは、年齢や職業を問わず多くの男性が抱えてきた問題です。

かつては、こうした悩みを抱えていても「男なんだから仕方ない」「我慢するもの」と処理されてきました。しかし現在は、技術の進歩や価格帯の広がりによって、脱毛は“我慢を減らす手段”として現実的な選択になっています。

また、脱毛の動機も大きく変化しています。
以前は「見た目をよくしたい」「モテたい」といった美容寄りの理由が前面に出ていましたが、今は「手間を減らしたい」「朝の準備を楽にしたい」「仕事上の印象を安定させたい」といった、生活効率や業務合理性の観点が中心です。

さらに近年では、将来的な介護や加齢を見据えて脱毛を選ぶ男性も増えています。これは突飛な考えではなく、将来の負担を先回りして減らすという、ごく現実的な判断です。

このように、男性脱毛はすでに「普通の選択肢」の一つとして条件が揃っています。それでもなお、社会的なイメージは「ちょっと特別」「少し意識高め」という段階に留まったままです。この実態とイメージのズレが、後述する“語れなさ”を生み出しています。


それでも男は、脱毛を堂々と話さない

男性が脱毛について語らない理由を、単純に「恥ずかしいから」「照れがあるから」と説明するのは不十分です。
実際のところ、問題はもっと構造的です。

男性脱毛の話題になると、多くの男性は自分の意思を前面に出しません。
「彼女に言われて」
「仕事柄、仕方なく」
「周りがやっていたから」
といった言い回しで、判断の主体を外に置こうとします。

これは嘘というより、防御反応に近いものです。
脱毛を選んだというだけで、「なぜそこまで?」「気にしすぎじゃない?」と理由を求められる空気があるからです。

つまり、脱毛そのものが問題なのではなく、説明責任を負わされることが問題なのです。
理由を説明しなければならない選択は、人を黙らせます。

その結果、男性脱毛は体験談として共有されにくくなり、会話に出るとしても冗談や軽いネタに変換されます。
本当の判断基準や感想は、会話の外に置かれたままです。


“男らしさ”という見えない圧力

男性脱毛が語られにくい背景には、「男らしさ」という曖昧で根強い価値観があります。
それは明文化されることは少ないものの、確実に空気として存在しています。

多少の不便は我慢すること。
見た目に過剰に気を遣わないこと。
細かいことを気にしない姿勢を保つこと。

こうしたイメージは、今も男性像の一部として残っています。

脱毛は、その枠組みから少しだけ外れる行為です。
だからといって強く否定されるわけではありません。しかし、「あえて口に出すほどのことではない」「静かにやるもの」という扱いを受けやすい。

この“否定されないが、肯定もされない”状態は、人にとって非常に居心地が悪いものです。
結果として、多くの男性は語らないという選択をします。

男性脱毛が沈黙しているのは、禁止されているからではありません。
語る場所と立場が与えられていないからです。


本音では「やってよかった」と思っている

実際に脱毛を経験した男性の多くは、深刻な後悔をしていません。
むしろ、生活の質が上がったと感じているケースが大半です。

毎朝のシェービングにかかる時間が減り、肌荒れや出血の心配が減る。
清潔感に対する不安がなくなり、人と接する際の余計な意識が減る。
こうした変化は、見た目以上に精神的な負担を軽くします。

それでも、この満足感はあまり語られません。
なぜなら、「良かった」「満足している」と口にした瞬間、それが自己アピールや意識高い発言として受け取られる可能性があるからです。

満足しているが、黙る。
楽になったが、語らない。

この矛盾が、男性脱毛に関する正確な情報共有を妨げています。


なぜ“語れないまま”広がっていくのか

男性脱毛は、強い推奨や口コミによって広がっているわけではありません。
実際には、「誰も止めない」「特に否定されない」という静かな同調の中で広がっています。

この構造では、成功談も失敗談も可視化されません。
判断材料が不足したまま、個々人が手探りで選択することになります。

その結果、不安を煽る極端な情報や誇張された広告だけが目立ち、冷静で現実的な話が埋もれてしまいます。


男性脱毛が本当に“普通”になるために必要なこと

男性脱毛が本当に普通になるために必要なのは、肯定でも正当化でもありません。
「やってもいいし、やらなくてもいい」という立ち位置を明確にすることです。

脱毛を“特別な決断”から、“生活管理の一選択”へ。
その認識が広がれば、理由を説明する必要はなくなります。

語らなくてもいいが、語ってもいい。
その空気が整ったとき、男性脱毛は初めて健全な選択肢になります。


まとめ

男性脱毛は、すでに十分広がっています。
それでも語られないのは、脱毛そのものではなく、空気と価値観の問題です。

沈黙のまま進めば、違和感は残り続けます。
語れるようになったとき、選択はもっと自然になります。


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